ペリーが日本にやってきたのは1853年。乗ってきたのは蒸気船。つまり、当時の欧米各国は石炭を燃料にして蒸気機関で稼働する技術をすでに実用化していました。そのため国内の工場で生産力が向上した結果、国外へ市場を求め、海運による国際ネットワークを形成していきました。それまでの風まかせで難破の危険性も高い帆船から、安定した航海のできる蒸気船へという流れは、革命ともいうべき変化を世界にもたらしたのです。海運において、それと同じくらい、いや、それよりももっと大きな変革をもたらしたのが、1950年代アメリカ人のマルコム・マクリーンが実現させた“コンテナ”というアイデアでした。“コンテナ”とは、輸送物を積み込むための長さ20フィート、間口が8×8フィートに規格された箱。規格化されているために、規格に対応した船や鉄道、トレーラーなどでそのまま運搬することができます。荷役はすべて機械化され、手間、コスト、時間を大幅に節約できる上、コンテナをそのまま倉庫代わりにして物資を保管することもできます。
港の様相も一変しました。大量のコンテナを積んだ大型船が横付けできるように整備され、コンテナを積みおろすための赤白の大きなキリンのようなガントリークレーンが設置されました。今までのように作業員や小型クレーンがバラ積み貨物を積み下ろしするよりも、定時性が高く速いコンテナの使用は時代を席巻し、わずか十数年で貿易や物流を根底から変えていったのです。
コンテナ船が普及しはじめた頃、コンテナ化に対応する港へと設備投資ができる国は、アジアの中では日本だけで、東京、横浜、名古屋、神戸、北九州と並び、大阪港もコンテナ化に対応するため、咲洲(南港)では倉庫や岸壁が立ち並ぶ近代港湾施設が整備されていきました。昭和50年代から80年代(1970〜80年代)には、欧米からだけではなくアジアの国々からの輸出が増加しますが、アジア諸国はコンテナ港を持っていなかったため、日本は在来船で運ばれてきた荷物をコンテナ船に積み替える中継基地として繁栄を極めます。しかし近年はアジア諸国もこぞって港湾の整備を進め、競争は激化。コンテナ取扱量が海外へとシフトしていくなかで、日本の各港でも生き残りをかけた施策が打ち出されています。大阪港では、神戸港と共に“阪神港”として、国から「スーパー中枢港湾」の認可を受け、国際競争力を高める取り組みが進められています。
こうした港湾の近代化の流れのなかで、間口も時代の流れを読み、港湾だけに留まらず、あらゆるニーズに応えられるよう業態を変化させていきます。 コンテナにより港湾に届けられた荷物を、短時間で、効率よく、仕分けし、配送する…。
間口は港湾のコンテナ化に合わせて、総合的な“物流事業”への一歩を踏み出すことになります。
“物流”と聞いて真っ先に思い浮かべるのは荷物を運ぶトラックでしょう。でも、物流の役割はそれだけではありません。
例えば、港についた荷物を陸揚げする、最適な状態で倉庫に保管する、仕分けする、梱包する、商品を組み立てる、加工する、食品を調理する、値付けする、包装する、そして販売情報をデータ化し、必要に応じて配送する…つまり物流は、単純にものを運ぶだけではなく、生産や販売、マーケティング業務とも連携したモノの流れの複合システムなのです。
昭和28年(1953)、日本で初めてのスーパーが東京青山に誕生しました。今では一般的になっているセルフサービス方式で、低価格で豊富な商品が並ぶスーパーは大人気となり、人々の生活を劇的に変化させました。
間口は、昭和46年(1971)在阪大手スーパーの配送センターにおける構内作業を受託しました。翌年には店舗内陳列業務を開始。お客様と時代のニーズに柔軟に対応することで、次の時代への足がかりを作っていったのです。その後も、トラック事業やセンターオペレーション、食品加工などへ幅広い展開を進めるうちに、様々な業界のお客様とパートナーシップを築き、次第に物流事業は本業である港湾事業と並ぶ間口の主要部門へと成長していきます。
平成13年(2001)6月、間口は創業100周年を迎えました。明治34年(1901)、間口伊之助の創業以来、幾多の時代の荒波を乗り越え、大阪港とともにあゆみ、国際社会とも深く関わってきました。2001年、中国がWTOに加盟し、各国が海外戦略の重要課題として中国への進出を推し進めていく中で、立地的に近い大阪港が果たす役割は大きくなりました。間口は、そうした世界経済の動きを先読みして、平成5年(1993)11月、外資物流企業として初めて運輸業免許を取得し、冷凍・冷蔵食品の輸配送を主とする中国との合弁会社を設立しました。引き続き、平成8年(1996)には「間口運輸有限公司」、平成11年(1999)には大阪港の友好港である上海港近隣に「上海代表処」を開設し、中国における事業展開を拡大してきました。2002年には運輸業界では異例の、外資による独資経営企業「間口(吉林省)長阪運輸有限公司」を立ち上げ、現在では中国を中心に東アジア全体へネットワークを広げて、複合一貫輸送を主とした国際物流サービス事業を展開しています。
現在の混沌とした経済状況のなかで、業務の革新と効率化、競争力強化の実現を目指し、物流業界においてもアウトソーシングの活用に踏み切る企業が増えています。アウトソーシングに求められるのは、コスト削減のみならず、専門のスキルや資源を確保すること。創業以来、何よりも“人”を大切にしてきた間口は、物流アウトソーシングの分野でも皆様のニーズにお応えできるよう、日々社員力、組織力の強化に励んでいます。
間口の強みは“7000人のヒトヂカラ”。
“ヒトヂカラ”は全ての土台。土台が安定しているからこそ、新たな未来へと羽ばたいていける。社員一人ひとりのチカラを結集することで、いかなる転機も好機にしていける。
間口グループは、これからも結束を高め、社会へ貢献できる企業として更なる発展を目指します。




